LTSコラム

メディエーター(仲介者)としてのビジネスアナリスト

こんにちは。LTSコンサルタントの大井はるかです。突然ですが、皆さんは非政府組織の「国境なき医師団」※1をご存知でしょうか? 国境なき医師団は大規模な災害現場や紛争地域、難民キャンプや疫病の流行地帯などで医療支援を行う非政府組織です。この国境なき医師団がギリシャで行っている難民支援のチームの中に「文化的仲介者(カルチュラルメディエーター)」※2という職業があります。

※1 国境なき医師団 :http://www.msf.or.jp/
※2 いとうせいこう(2017年)『「国境なき医師団」を見に行く』講談社


地理的にギリシャにはシリア、アフリカ諸国、アフガニスタン、イラクなどあらゆる地域から難民が集まるため、難民キャンプの民族は非常に多様です。難民の多くは英語を話さず、医療スタッフとコミュニケーションをとることが難しい状態にあり、また言語だけでなく宗教・文化的背景も人によって様々です。ある人にはOKなことが別の人にはNGとなることも多く、キャンプスタッフには個人への理解と配慮が非常に求められます。この難民と医療スタッフの間に横たわる言語・文化のギャップを埋めるのが「文化的仲介者」です。

企業内にもコミュニケーションを円滑にする仲介者が必要


文化的仲介者は両者の間で、言語だけでなく、宗教・文化的な背景を含めて通訳をします。例えば、難民から、日々の体調から食事や生活習慣まで配慮してほしいことを聞いて関係者に伝えたり、医療スタッフがたてた治療方針を難民の人に伝えたり・・・といった具合です。もし難民キャンプに文化的仲介者がいなかったら、円滑なケアは成り立ちません。医療スタッフは思い込みや彼らの知見だけに基づいた一方的なケアを行ってしまうかもしれませんし、難民の側は宗教的にNGなことがあっても配慮がなされず、窮屈な生活を強いられたり、尊厳を傷つけられたりするかもしれません。そう考えると、文化的仲介者がキャンプにおいて非常に重要な役割を担っていることが分かります。

このような仲介者は難民キャンプに限らず、背景の異なる人が集まる環境であればどこでも必要とされうる存在です。例えば企業はどうでしょうか? 企業の中には様々な部門があり、部門ごとに異なる業務知識・専門用語を使っているので、ひとたび複数部門で話をすると、お互いに言葉が通じない状況が容易に発生します。例えばIT部門のIT専門用語は他部門の社員にはさっぱり通じないことはよくありますし、同様に製造現場の言葉や営業部門のお客様に関する知識などが他部門では分からない、なんてこともよくあります。通じないのは言葉だけではありません。部門ごとに担う業務内容が異なり、それに紐づき組織目標、働き方、メンタリティ、歴史的経緯も違います。表面的な言葉だけでなく、その背景にある事情まで想像力を巡らせてコミュニケーションをとっていかないと、他部門の人同士が意思疎通をはかることは難しいと言えます。そのため、部門横断的に業務変革の取組みを行う場は、難民キャンプのように異文化が集まる場になります。ビジネスアナリスト※3は、こうした状況を打開して社内のコミュニケーションを円滑にするための通訳を兼ねた仲介者としても振る舞います。

※3 ビジネスアナリストについては別コラムを参照  >>よく分かるビジネスアナリスト 第1回:ビジネスアナリストとは?

仲介者としてのビジネスアナリストの役割


ビジネスアナリストは業務変革の取組みにおいて、難民キャンプの文化的仲介者と同様に、仲介者の役割を務めます。例えば、システム導入のプロジェクトで複数部門が要件を出すとき、ビジネスアナリストは各部門の業務や事情を理解し、部門間の要件の調整を行います。部門間で意見の不一致が出た場合は仲裁に入り、落としどころを探って調整します。また、IT部門や外部の開発担当者に対して、ビジネス側の業務内容やシステムによって実現したいことを伝えたりもします。ビジネスアナリストは取組みの関係者の言語(業務上で使われる専門用語)とその背景にある文化を理解し、通訳としても振る舞います。ビジネスアナリストは北米を中心とした地域のシステム導入プロジェクトを成功に導くために生まれた職業だと言われています。日本ではあまり普及していませんが、今では世界中のあらゆる国でビジネスアナリストが活躍しています。海外の企業は日本以上に部門間のセクショナリズムが激しいこともあり、部門横断の取組みにおいてビジネスアナリストは欠かせない存在です。

企業の中は多くの部門がひしめき合っており、ちょっとした難民キャンプのようなところです。組織の規模が大きいほど、その傾向は強くなるでしょう。そういう場にビジネスアナリストのような仲介者がいないと、日頃から当事者間で相当なコミュニケーションを取っていない限り、コミュニケーションロスが起きます。これから紹介するのはビジネスアナリスト不在の業務変革の取組みで実際に起きた失敗例です。

ケース1:他部門の業務はよく分からない

ある会社の経営企画部のAさんは会社の管理会計のレポート作成を担当しており、この仕事を自動化したいと考えていました。自動化によって管理会計のレポートを早く正確に提出できるようになれば、会社にとって大きなプラスです。そこでAさんはIT部門に自動化ツールの導入を依頼しました。が、この取組みはあまり上手くいきませんでした。というのも、IT部門の担当者はツールのインストールまでは行ったものの、Aさんが行っていた管理会計の業務内容がいまひとつ分からなかったのです。IT部門の担当者は自分で設定することをやめて、ひと通りツールの説明をし、残りの設定作業は経営企画部で進めてほしいとAさんに言い残しました。そこでAさんは設定作業に挑戦しましたが、ITに関する知識があまりなく当然ツールの設定作業もやったことがなかったので、設定作業は思うように進みませんでした。もちろん定常業務としてレポートは作り続けないといけないので、設定作業はその合間しかできません。結局、レポートのうち大半は今も手作業で作成する状態が続いています。

言葉が通じないことによるトラブル

このケースは単純にAさんとIT部門担当者がお互いの仕事・技術の内容を説明しあっていれば解決しそうですが、こうした業務理解不足に始まるトラブルは本当によく見かけます。コミュニケーション不足が起きる原因として、自分の業務は自分にとって知っていて当たり前のことなので、相手も詳しく説明しなくても分かってくれていると「誤解」してしまうことがあげられます。実際にはAさんはITの言葉が分からず、IT部門担当者はAさんが話す管理会計の言葉が分からなかったのですが、二人とも自分が日頃使っている専門知識・用語を使って業務を説明していました。普段は業務を分かっている人としか会話をしないため、この2人のように無自覚に専門知識・用語を使って一方的に話してしまう人は少なくありません。特に相手が同じ会社で働く同僚の場合はその傾向が強いようです。

部門を超えた業務への理解

実は他部門間で業務を理解しあう時には、説明する側にも説明を受ける側にも訓練とスキルが必要です。説明する側には「相手は自分が思っているより自分の業務を知らない」ことを前提に、相手の分かる言葉で業務を説明することが求められます。例えば業務フローを書いて可視化する、専門用語を相手に分かる言葉に置き換えて説明する等が該当します。説明する側からすれば知っていて当たり前の業界の慣行や規制等の知識も一から説明する必要があるかもしれません。逆に説明を受ける側は、文書など事前に可能なものはしっかり確認するなどの事前準備をしたり、分からないことがあればその都度きちんと確認する、相手の話を聞きながら、それがどのような業務なのか頭の中で構造的に整理していく、といった姿勢が求められます。海外の企業ではこうした説明する・説明を受ける役割を訓練されたビジネスアナリストが担い、関係者間のコミュニケーションの隙間を埋めています。また、ビジネスアナリストを置いていない企業でも日本企業でも、他部門間の業務理解の難しさと重要性を認識しているところでは、業務を説明する訓練を社員が受けていたり、業務変革の推進担当者を担当部門専属にして業務理解を深めるといった工夫をしています。業務変革の取組みでは短期間で業務知識を学習しないとならず、そして業務をしっかり理解していないと成果を上げることが難しくなります。基本的なことですが、お互いの業務をしっかり理解することは業務変革の土台です。

ケース2: 業務だけ理解していても合意は得られない

次は業務理解ではなく、その背景にある事情を汲み取れなかった失敗例です。ある基幹システムの刷新プロジェクトを進めていた時の話です。営業部の部長Bさんは企画フェーズから要件定義フェーズに至るまでずっと、「現行システムで出来ることは全て新システムの要件としてほしい」の一点張りでした。そのプロジェクトではパッケージシステムにより属人的な業務を標準化することを目標に掲げていて、営業部の現行業務には見直す余地が十分にあったため、プロジェクトを仕切っていたIT部門とBさんは当然のごとく衝突しました。

不安要素は早めの対処で安心感へ

ITプロジェクトに従事した経験がある方は想像がつくと思いますが、ただでさえ期限が短い要件定義フェーズでこうした要件不一致が起きると、後続フェーズにコストやスケジュールのしわ寄せがいってしまうため、非常に困ります。しかし、要件を決める会議では両者ともにお互いの主張を言い合うだけで、一向に話が進みません。そこでプロジェクトメンバーがBさんに「どうしてそんなに現行機能の維持にこだわるのですか?」とじっくり話を聞いてみたところ、実はBさんは事情があって現行機能の維持にこだわっていたことが分かりました。Bさんの部下はベテラン社員が多く、Bさんが部長になる前から営業部に所属し、今のシステムを導入してから10年以上同じ仕事のやり方を続けていました。そのため、システムの画面や機能が変わってしまうと部下は不安になるのではないか・・・とBさんは心配していたのです。Bさんの主張の背景が分かったので、プロジェクトチームはBさんの部下達に「パッケージシステムの標準機能を使っても現行と同じアウトプットが出せる」「システム操作は変わるが、業務上の変更点はそこまで大きくない」「現行機能から削るものについてはその必要性がないか代替手段がある」ことを何度も説明したり、運用イメージを一緒に話し合うなどしたりして、安心感を持ってもらうように努めました。そのうちBさんの部下達も「これなら大丈夫そうだ」という反応が見られ、Bさんは現行維持の意見を取り下げ、プロジェクトチームは無事に要件定義フェーズを終えることが出来ました。

相手の立場に共感し、想いまで汲み取ったコミュニケーション

コミュニケーションはただ相手の業務を理解するだけでは上手くいきません。このケースでも、プロジェクトチームは営業部の業務をしっかりと理解していましたし、システムを入れ替えることで営業部の仕事がより良くなることも把握できていました。しかし、Bさんが何故反対するのかは、なかなか理解できずにいました。

部門間に限らず、立場の違う人同士が一緒に仕事を進めようとするときは、立場や意見の裏側にある事情や価値観も共有して、誤解や不信感の芽を摘んでいくことが大切になります。このプロジェクトチームももっと早い段階でBさんが置かれている立場、営業部の目標、人員構成、メンタリティ等、相手の想いに気が付けていたらもっと早く問題を解決できていたかもしれません。想いのすれ違いから起きるコミュニケーションロスは時間と共にどんどん大きくなり、解決が難しくなります。このプロジェクトは最終的に切り抜けることができましたが、相手の立場や考えに配慮せず一方的に取組みを進めたことで大きなコミュニケーションロスが起き、頓挫した取組みもたくさんあります。業務の内容を理解するだけでなく、目の前の個人の想いまで関心を持ってコミュニケーションをとっていくことが大切です。
ここで思い出したいのが、難民キャンプの文化的仲介者です。彼らの多くはもとは難民としてキャンプに保護された人なのだそうです。自身が難民だった経験があるため、彼らは言語だけではなく、共感性を発揮して相手の立場に立ったコミュニケーションが出来るのです。企業の中の仲介者であるビジネスアナリストも、この相手の立場に共感するための訓練やフレームワークの教育をたくさん受けます。共感性を持つ、相手の気持ちを想像するというのもまた、意識的なトレーニングや経験が必要なスキルと言えます。

コミュニケーションを当時者任せにしないことの大切さ


ここまでコミュニケーション齟齬による失敗例を見てきましたが、こうした問題は「部門と部門の間」だけではなく、「経営層と従業員の間」、「社内と社外の間」といった具合に組織と組織の間に生じます。企業には部門を中心に公式・非公式の組織が沢山あるので、それだけこのような問題が起きやすい環境となっています。近年は企業の部門間だけではなく、アウトソーシングやオープンイノベーションなど、企業の外にいるプレーヤーと協業することも非常に増えています。新しい技術がどんどん登場し、商品・サービスのバラエティも増加傾向にあり、部門内ですら言語や文化のキャッチアップがままならない状態になっています。こうした状況を見ると、日本企業も欧米型の企業のようにITとビジネス、部門と部門の間といった隙間を埋める仲介者として、ビジネスアナリストを設置するのも一考ではないかと思います。もちろん、どんなに多様性が増しても専門家を置かず、関係者みんなが意識的にコミュニケーションをとりあうことで齟齬を防ぐこともできるでしょう。大切なのは、企業の中には多様な言語・文化があり、多様な人たちが協働するには相応のコミュニケーションが必要となることを自覚し、そのコストを払うことではないかと思います。

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