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プロセス変革・業務改革

個人の自律性を重視したネットワーク型組織へ(後編) ビジネスアジリティが必須になる時代へ⑪

このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2019年4月から連載を開始した記事を移設したものです。

当コラムの最新の内容は、書籍『Business Agility これからの企業に求められる「変化に適応する力」(プレジデント社、2021年1月19日)』でご紹介しております。

ライター

山本 政樹(LTS 執行役員)

アクセンチュア、フリーコンサルタントを経てLTSに入社。ビジネスプロセス変革案件を手掛け、ビジネスプロセスマネジメント及びビジネスアナリシスの手法や人材育成に関する啓蒙活動に注力している。近年、組織能力「ビジネスアジリティ」の研究家としても活動している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

こんにちは、LTSの山本政樹です。前編中編と、長々とコラムを書き連ねてきてようやくビジネスアジリティの根幹である“自律した個”にたどり着きました。多くの場合は企業に入ってくる社員は“自律未満”の状態からはじまります。このような社員が社内外に大きなネットワークを張り巡らし、“自律した個”を生み出すためには様々な仕掛けが必要になります。それはどのようなものでしょうか。

“自律した個”を生み出すための仕掛け

チームがサイロを超えて連携するためのさまざまな仕掛け

まず階層型組織であっても、組織の階層をなるべくフラットにする必要があります。社長の下に役員、役員の下に本部長、その下に部長、課長、係長、チームリーダー・・・といった階層ではお互いの立場が気になってネットワークの構築を阻害してしまいます。組織の階層はその会社の固有の事情に左右されるので一概には言えませんが、事業の責任者(意思決定の最後の砦)、リーダー(ネットワークの中心となる自律した個)、メンバー(自律途上の個)といった層で構成されるのが一つの理想でしょう。ところが、企業は階層を深くすることで、さまざまな職位(ポジション)を用意し、職位に応じた待遇(給与)を提供してきたという背景もあります。ですから階層をよりフラットにしようとするのであれば、職位と待遇を切り離し、職位自体はフラットにした上で、待遇は個々人の成果や周囲の評価に従って差をつけるというような発想も必要となります(例えば同じ“リーダー層”でも年収600万円の人もいれば1200万円の人もいるといったような感じです)。

また各チーム間の相互理解と情報公開も大切になります。他のチームの誰が何をしているのか、各チームがどのような状態になっているのか、これらをお互いに理解した上で、お互いに話をしたいときにいつでも気兼ねなくアクセスできるようになっていなければなりません。基本的に企業の育成は担当業務のスキルを育てることに重きが置かれており、他者(他チーム)の業務や、会社全体の状況を知ることは相対的に優先順位を下げられてきました。これでは他チームとの連携はできない(クロスファンクショナルチームとして機能しない)ことは、第7回第8回の“ソリューション”の回でも触れた通りです。

このようなことを可能にするためには「お互いの業務を学ぶ場がある」「普段からお互いの状況について情報&意見交換このようなことを可能にするためには「お互いの業務を学ぶ場がある」「普段からお互いの状況について情報&意見交換の場がある」「各チームの状況や管理指標が公開されている」「変革の活動を定期的に一緒に行っている」といったさまざまな施策が必要になります。もちろんこれらを可能にするコスト(労力と時間)の手当もされていなければなりません。全体として社員の一人一人に、自分の周囲の情報を自ら積極的に取得しにいく姿勢と、この際に必要な情報がしっかり公開されていることが大切になります。この「徹底的な情報公開」という考え方はビジネスアジリティにとって、そして個人の自律を促す上でとても大切な考え方ですから、次回のコラムでもより詳しく説明したいと思います。

チーム目標の達成以上に、組織全体の成果を共有する評価を

組織に制度上の観点で“自律した個”を生み出すために、最も重要なものは評価の考え方でしょう。チーム別に細分化された目標を達成すれば高い評価になるような仕組みでしたら間違いなくサイロ化が進みます。売上だけを目標として課された営業担当者が、生産余力やサービス担当者の負荷を考えずに受注に走っているにも関わらず、営業チーム内では評価が高いといった状態が分かりやすい例です。他のチームからの評価が悪いにも関わらず、各チーム内の事情だけで高評価がつくのであれば、他チームからは不信感だけが増すでしょう。ですから、各チーム単位の目標だけではなく組織全体の目標の達成を基準に評価しなければなりません。本来、チームの目標は組織全体の目標を分解して構成されているはずで、各チームの目標を達成すれば組織全体の目標が達成されている状態となっていることが理想的です。しかし、企業の評価軸は多種多様で、多くの場合は全ての観点を網羅できているわけではありません。少なくとも私はそのような完璧な目標体系を見たことはありませんし、仮にそのような体系を作っても複雑すぎて運用に耐えるものにはならないでしょう。自チームの目標達成への貢献はもちろんですが、組織全体として大きな成果を生み出すために、時には自チームの活動を脇において、他チームの活動に貢献した人もしっかり評価できる仕組みであるべきです。ですから上位層ほどその評価基準は部門内に閉じず、全社の業績指標や活動成果を共有する形になります。

そうなると業績数字のような分かりやすい指標だけで評価しようとすることに無理が生じ、究極的には「周囲からの信頼」という極めて定性的なものに帰結します。これは別に売上や利益、生産効率といった個別の成果指標を評価軸とすることを否定するものではありません。冒頭に紹介したモーニングスターも社員は、それぞれは何らかの成果指標を持っており、それらは大切な評価軸です。ただ、モーニングスターでは年に一度、周囲の関係者から自身の仕事に関するフィードバックがもたらされます。給与の決定は、このようなフィードバックを参考にした自己評価を提出し、昇給率を自ら提案します。この提案は従業員の選挙(互選)で選ばれた報酬委員会がさまざまな観点から成果や周囲の評価を吟味して最終的に決定します。このプロセスでは自己評価のタイミングでも、そしてその自己評価を報酬委員会が吟味するタイミングでも、さまざまな人の視点から総合的に判定されることになります。ここでの仕事の評価は、自身の仕事に関係する全ての人からの信頼が根底にあり、どんなに指標上の成果をあげても周囲からの信頼を得られない人は高い評価にはならないという原則があります。必然的に特定の社員の評価には多くの人が関わることになり、モーニングスターの場合は先ほどのように、被評価者の周囲にいる全ての関係者がこのプロセスに参加します。なおLTSも社員の評価は各部門のリーダーが集まって合議をした上で、各部門の代表者が集まる会議で他の部門からのフィードバックも得た上で決定しています。

私の経験上、社員はどうしたら自分が評価されるか、知りたがる傾向にあります(全く評価に興味がない稀有な人もたまにいますが)。中には上司に対して「これを達成したら昇格させてくれますよね」といった分かりやすい昇給や昇格の基準を求める人もいますが、ここまでの話に照らすと、これは個として自律できていない典型的な症状ということになります。もちろん周囲の人の自分への期待を理解することは大切ですが、最終的には自分がどのように振る舞えば「周囲からの信頼」という曖昧模糊としたものを得ることが出来るのかは、他人の尺度に頼るのではなく自分自身で考える必要があります。当然、同じような振る舞いをしても状況や、接する人によって評価が変わるわけで、状況や相手に対して機敏に反応していく必要があります。ここではビジネスだけでなく個人としても、まさに“アジリティ”が必要になるわけです。

チームへの “引きこもり”社員ばかりの日本企業

残念ながら現実の企業の大半は、所属チームの壁を越えて連携できる“自律した個”を育てることはできていません。各チームに閉じこもり、サイロの中から自チームの立場で主張ばかりしている人を見ることは少なくないのです。さながら自分の部屋から出ることなく、周囲との関係を断ってしまった “引きこもり”のようです。これは別に日本企業に限ったことではありませんが、文化的背景として“個”として振る舞うことに慣れておらず、労働市場の流動性が低いために同じ組織に長く所属し続ける傾向にある日本では、この傾向は他国よりも強いようです。

さらに残念なことに、このような引きこもりの症状は、経験が浅く自律できていないはずの若手社員よりも、むしろ管理職やベテラン社員の方が重症であるように思えます。私が業務改善を支援した会社でも、若手社員が他チームとの連携や、業務改善の提案をしているにも関わらず、管理職やベテラン社員が難色を示す光景を多数みてきました。特定のサイロにずっと所属し、日々の業務だけを粛々と行っていると、変化への恐怖や抵抗感だけが育ってしまいます。結果的にベテラン社員は、むしろその経験が枷となって変化へのアジリティが落ちてしまうのです。本来であれば管理職やベテラン社員ほどその目線を外に開き、若手社員の道を指し示す役割でなければなりません。これは本人の問題以上位に、先ほど説明したような“自律した個”を育てる仕組みを構築してこなかった組織全体の問題です。

先ほど、階層型組織でも自律した個を生み出すことは可能と考えていると言いました。ただ、私自身コンサルタントとして、さまざまな企業を見てきましたが、小さな会社ならともかく一定規模以上の組織でサイロ化の問題が生じていない組織を見たことがありません。人が周囲の人を仲間として認知できる範囲は100人から150人程度が限界だそうです。そう考えると、これを超える規模の階層型組織においては、よほど意識して対策をとらない限り、ほぼ間違いなくサイロ化は起きるものだと考えた方が良いでしょう。とはいえ既に説明したようにすぐに組織をネットワーク型に移行させることも無理が生じます。ですから、常に「サイロ化は起きる」という前提で組織を見つめた上で、いかに目線がチームの外に開かれた社員を育てるか、それが組織という観点でビジネスアジリティを考える際の根幹にあるテーマだと言えるのではないでしょうか。

まとめ

さて、ビジネスアジリティコラムの第9回、第10回、第11回は“組織”をテーマに解説しました。ここまでをまとめると、次のようになります。

この回では“自律した個”というキーワードが出てきましたが、組織よりもむしろこの個人の姿こそがアジリティの本質です。次回はビジネスアジリティにおける”個人“というテーマで、一人一人の個人の姿について解説したいと思います。次回も是非読んでください。