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「分析的思考」と「問題解決」 PMに求められるヒューマンスキル(前編)

このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2015年8月に掲載されたものを移設したものです。

ライター

山本 政樹(LTS 執行役員)

アクセンチュア、フリーコンサルタントを経てLTSに入社。ビジネスプロセス変革案件を手掛け、ビジネスプロセスマネジメント及びビジネスアナリシスの手法や人材育成に関する啓蒙活動に注力している。近年、組織能力「ビジネスアジリティ」の研究家としても活動している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

こんにちは、LTS執行役員の山本政樹です。四年程前に「PMに必要とされるスキル ~コミュニケーションの分解~」と題したコラムをウェブサイトに掲載しました。このコラムはIIBA(International Institute of Business Analysis)が発行するビジネスアナリシス(業務分析)の方法論「BABOK」に掲載されているスキル一覧※1を元に、PMに求められるコミュニケーションの在り方を紹介したものです。このコラム、当初2年くらいは訪れてくれる人も少なかったのですが、ここのところ訪問者が増えて、今ではトップページと会社紹介についで第三位の訪問者数となっています。

※1 BABOK中では正式には“基礎コンピテンシ“と呼びます

あれから四年がたちBABOKは当時のバージョン2.0から、バージョン3.0にアップデートされました。LTSの社員に求めるスキルの一覧はBABOKをベースにしているため、アップデートに伴いLTSでもスキル一覧の更新を進めています。今回は更新しているLTSの新スキルモデルをベースに、PMに求められるスキルの全体像とスキルの関係性について紹介してみたいと思います。

PMを育成する上では技術的なスキルの議論も重要ですが、どちらかと言えば定義が曖昧で抽象的な議論になりがちなヒューマンスキルの方がやっかいです(その一方でヒューマンスキルの方がPMの成果に決定的な影響を与えます)。ですから、コラムでは特にヒューマンスキルに重点を置いて解説したいと思います。かなり長くなるので二回に分けて掲載します。今回はスキルの全体像と「問題解決のスキル」について解説します。

PMに求められるスキルをバランス良く網羅しているBABOKの基礎コンピテンシ

まずおさらいですがBABOKのスキル一覧は、大きくわけて6つのカテゴリに分かれます。現時点ではバージョン3.0の正式な日本語版は出ていませんので、日本語訳の部分はバージョン2.0を参考にした暫定版であることをお断りしておきます。

【BABOK Underlying Competencies(BABOK 基礎コンピテンシ)】
・Analytical Thinking and Problem Solving(分析的思考と問題解決)
・Behavioural Characteristics(行動特性)
・Business Knowledge(ビジネスの知識)
・Communication Skills(コミュニケーションスキル)
・Interaction Skills(人間関係のスキル)
・Tools and Technology(ツールと技術スキル)
(表記の順番はBABOKの掲載順のまま)

この中で「Business Knowledge」と「Tools and Technology」がいわゆる技術スキル(テクニカルスキル)に分類されるものですので、こちらは今回、対象外として別の機会に譲りたいと思います。今回解説するのは他のヒューマンスキル群です。ヒューマンスキルはよく一括りで語られますが、正確には価値観、コンセプチュアルスキル、そして狭義のヒューマンスキルに分類されます。残りの四つのスキルは以下のように分類できます。

【コンセプチュアルスキル】
・Analytical Thinking and Problem Solving(分析的思考と問題解決)
【価値観】
・Behavioural Characteristics(行動特性)
【ヒューマンスキル】
・Communication Skills(コミュニケーションスキル)
・Interaction Skills(人間関係のスキル)

技術スキルも合わせてBABOKの基礎コンピテンシはPMやBA(ビジネスアナリスト)だけでなく、一般にビジネスパーソンに求められるスキルの観点を網羅的に抑えているのが特徴です。個別のカテゴリの概要はここで説明するより各スキルの要素と合わせて説明した方が分かりやすいので、ここではしません。

ここで一つ注意事項ですが、これから紹介するスキルモデルはあくまでもLTSがBABOKを独自にテーラリング(自社向けの改編)したもので、必ずしもBABOKの表記そのものではありません。原典を紹介することも可能ですが、無駄に紙面を費やしてしまうのでオリジナルは特に解説せず、原典との差分の説明に留めます。興味のある方はIIBAのサイトからBABOK3.0を参照頂ければと思います(現時点ではまだ3.0の日本語版は出版されていません。IIBA日本支部で翻訳活動を進めています)。

異なる思考法の集合体である「分析的思考と問題解決」

ではまずLTS流「Analytical Thinking and Problem Solving(分析的思考と問題解決)」から解説します。LTSではざっくり「問題解決のスキル」と呼んでいますが、以下がLTSの「問題解決のスキル」の全体像です。

問題解決のスキルはコンサルティングやシステム開発プロジェクトのPMがお客様の問題を解決する上での根幹となるスキルです。ここでは全部で7つのスキルが登場しますが、(主にお客様の)課題を解決するには狭い範囲で見ても七つのスキルをバランス良く発揮することが必要ということを示しています。一つ一つ軽く解説してみましょう。

BABOKでは「情報収集」と「観察」はどちらも「Learning(学習)」というカテゴリで一つにくくられていますが、LTSではあえて分けています。前者は文書やヒアリングなど明確に言語化、文書化された情報の収集ですが、後者はお客様企業の社員の行動など言語化されていない特性や、潜在的な意識を読み取るものです。エスノグラフィと呼ばれる手法はここでは「観察力」を強化するための手法だと言えます。

「情報収集」と「観察」の後には昨今、流行の各種「~思考(~Thinking)」が続きます。「システム思考」で膨大な情報の繋がりと複雑性をしっかり理解し、「概念化思考」で膨大な情報を抽象化し論点を明確にします。定められた論点(課題)に対して拡散型思考法である「創造的思考」と、収束型思考法である「問題解決(論理的思考)」が異なる視点から解決方法を模索します。

創造的思考と問題解決を経て導き出された解決策は、今一度、システム思考による仮説の検証を経ます。システム思考とは物事の因果関係を理解する思考ですから、現状の構造(システム)に何か変化を起こした際に起きうる影響を理解する上でも活躍するのです。そして最後は「意思決定」で適切な決定プロセスを踏むという流れになります。

「意思決定」は正直なところ「人間関係のスキル」なのではないかという気もしますが、BABOKがこちらに分類しているのでLTSでもこちらの分類になっています。確かに問題解決の流れをモデルとして表現するなら、ここに分類されていた方が分かり易いでしょうね。

なお、LTS「問題解決のスキル」のBABOK「Analytical Thinking and Problem Solving(分析的思考と問題解決)」からの変更点は

  1. Learning(学習)を「情報収集力」と「観察力」にさらに分けていること
  2. BABOKでは存在しているVisual Thinkingを採用していないこと

の二つです。Visual Thinkingに類するプレゼン力や図解力はLTSではコミュニケーションのスキルに分類したため、ここでは表れていません。

境目が難しい「××思考」たち

なお最近、よく聞く「デザイン思考」という言葉はここでは採用していません。デザイン思考は新しい概念でその範囲や定義が曖昧なこともありますが、知る限りにおいてデザイン思考は思考法というより「姿勢」といった方が適切だと感じるからです。

デザイン思考では、よくブレインストーミング(いわゆるブレスト)という手法が活用されますが、これはクリエイティブ思考でもよく使われる手法です。エスノグラフィ(観察を利用した発見手法)はすでに説明したように、LTSのモデルでは「観察力」を高める手法です。

デザイン思考について解説した本ではクリエイティブ思考やシステム思考をデザイン上の基盤として紹介していることもあります。ですからデザイン思考とは思考法というより、このコラムで解説している各種スキルや手法を活用して、発信者視点ではなく受信者(ユーザー)視点で物事を考える姿勢そのものと私は理解しました。そうなるとこれらのスキルとデザイン思考を一緒に解説してしまうと、読む人を混乱させてしまうリスクが高くなります。これがデザイン思考を採用しなかった理由です。

他にもビジュアルシンキングやクリティカルシンキングといった思考法は採用していません。これらの思考法に価値がないというわけではなく、他の思考法との境界が曖昧で考え方がかぶる部分があるため、極力シンプルにモデルを作ろうと思ったら採用に至らなかったというだけです。

「~思考」のたぐいを理解することは大変難しいものです。どの思考法も定義が曖昧な上、たいてい「狭義の~思考」と「広義の~思考」が存在します。そして広義な考え方を採用すると他の思考法とほぼ手法がかぶってしまうのです。

実はここに書かれたスキルは拡大解釈すればほぼ全て「システム思考」の枠組みに収まってしまうのですが、それだとあまりに抽象的すぎてかえって社員が自らに必要なスキルが分かりにくくなってしまうため、あえて意図的にそれぞれの思考法の示す範囲を狭めてモデルが成りたつようにしています。

このモデルが分かりやすいかと言えば、まだ改良の余地はあります。それでも日本における問題解決スキルは未だ「ロジカルシンキング」一辺倒で片づけられていることが大半で、かなり乱暴な議論に終始していることを考えると、このようにスキルを分解した方が問題解決に至るスキルの関係性を理解しやすいのではないかと思います。

ロジカルシンキングは、論点の設定や収集した情報の網羅性といった前提事項に間違いがなければ合理的な解決策を導きだせるのですが、これらの考慮や議論が不十分だとまったく解決策を導き出せないばかりか、誤った解決策すら導き出してしまうという重大な欠点があります。そのため、そもそも収集している情報の範囲が適切か、前提としている課題そのものの議論が十分か(議論している課題は本当に課題なのか)ということを明確にするには情報収集やシステム思考による広い視野での情報の整理が欠かせません※1

※1 なおこのような前提事項そのものを疑う思考法をクリティカルシンキングとも言います。「思考法がかぶる」と言った事情がお分かり頂けたでしょうか・・・。

LTS流の問題解決のスキルの流れはいかがだったでしょうか。絶対の正解がある領域ではないですから、「こういう考え方もある」と言ったようなご意見があれば是非お聞かせ頂ければと思います。長くなりましたので、今回はここまでとします。この先は「これからのPMに求められるスキル ヒューマンスキル(中編):LTS流「行動特性」「コミュニケーション」の二つのスキル」に続きます。