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プロセス変革・業務改革

M&Aではビジネスプロセスの統合をおろそかにしてはいけない ビジネスプロセスの教科書③

このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2015年8月から連載を開始した記事を再掲載するものです。

当コラムは、書籍『ビジネスプロセスの教科書(東洋経済新報社(2015年7月24日)』に掲載しきれなかった内容をご紹介しております。

書籍では、ビジネスプロセスとは何か、どのようにマネジメントすれば良いのか等をわかりやすく解説しています。また、著者がこれまでにお客様企業の現場で経験してきたビジネスプロセス変革の事例も多く紹介しています。ユーザー企業側で組織変更、情報システム導入、アウトソーシング活用といったビジネスプロセス変革を行う予定のある方はもちろんシステム開発やアウトソーシングベンダーの担当者の方も必見です。

ライター

山本 政樹(LTS 執行役員)

アクセンチュア、フリーコンサルタントを経てLTSに入社。ビジネスプロセス変革案件を手掛け、ビジネスプロセスマネジメント及びビジネスアナリシスの手法や人材育成に関する啓蒙活動に注力している。近年、組織能力「ビジネスアジリティ」の研究家としても活動している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

こんにちは、LTS執行役員の山本政樹です。ビジネスプロセスの教科書のこぼれ話第3回です。今回は近年増えているM&A(企業買収及び統合)がビジネスプロセスに及ぼす影響について考察します。

前回のコラム『事業プロセスの「事業」とは何だろう?』では、ある金属材料商社が登場しました。この商社は製品取引事業、いわゆる卸の事業だけを行っているので、ビジネスモデルの観点から見れば事業単位は一つです。一方、この会社の事業部は、鉄鋼製品や非鉄金属材料といった製品の種別で区分けされており、ビジネスプロセスも事業部単位で運営されていました。ここでの「事業」とは採算管理を行う単位となる製品群のことを指します。

本来、ビジネスプロセスの構築はビジネスモデルの単位で行うべきですが、この会社のビジネスプロセスの運営は採算管理単位で行われていたため、ビジネスプロセスが全社最適となっておらず、それぞれの事業部で情報システムも作業手順もバラバラです。このようなことにならないよう、ビジネスプロセスの最適化は製品やサービス、採算管理という観点だけでなくビジネスモデルの同質性に目を向けるべきである、というのが前回のコラムの趣旨でした。

安易な M&Aがビジネスプロセスを複雑にしてしまう

この金属材料商社が、事業部別に異なるプロセスとなっていった経緯は単にビジネスプロセスの認識が事業部ごとに閉じており、各事業部で独自にプロセス変革を進めたからだけではありません。そもそもそれぞれの事業部が社内に立ち上がった時点で、それぞれの事業部のプロセスは社内の他の事業部とは異なるものでした。実はこの会社は過去他社や他社の事業を次々買収して取り込んできた経緯があります。いわゆるM&A(企業や事業の合併、買収)です。

日本におけるM&Aは2000年前後から急激に増えました。2000年代前半の勢いはないですが、2013年のM&A件数は20年前(93年)の5倍近くになります。

【日本のM&Aの件数】
出典:MARRオンライン

報道されるM&Aは名の知れた大企業同士ものばかりですが、小さなM&Aはかなり頻繁に行われていますし、グループ会社内での子会社や孫会社の統廃合は日常茶飯事です。先ほどの金属材料商社も歴史を紐解くとほとんどの事業部はもともと別の会社でした。買収した事業のビジネスプロセスをそのまま受け継いだ結果、社内に4つのビジネスプロセスができあがったのです。その後、十分なプロセスの統合を経ないまま、ある事業部は専用の情報システムを導入し、ある事業部は合併前から使っていたシステムを今も使うという感じで、時間の経過と共に買収直後よりビジネスプロセスが複雑化するという悪循環に陥っていました。

M&Aの成功割合は低く、厳しいレポートだと3割程度とも報告しています。失敗要因は多様ですが、一つの原因はビジネスプロセスの統合が上手くいかなかいことです。以下の調査はM&Aの成功度別に、M&A契約前にどのような項目を調査、検討したかを示しています。

【プレディール(事前調査)において調査・検討した項目(N=125)】
出典:PWC PMIにおける実務の実態と成功要因――『2009年度M&A実態調査』より
※ この調査では業務プロセスと、企業文化や人的資源、製品・生産状況、さらにはシステムやインフラを項目として分けていますが、本書ではこれらは全てビジネスプロセスに属するものとしています。

失敗しているM&Aを見ると財務や業績に関する調査ばかりで、人や生産設備、そして業務といったビジネスプロセスに関する調査、検討がおろそかになっています。どんなに優れたビジネスモデルのアイデアがあっても、最後に成果を出すのはビジネスプロセスです。机上で合併後の効果をいくら試算したところで、ビジネスプロセスをしっかり統合しなくては合併の効果は出せません。

M&AにおいてはPMIをおろそかにしてはいけない

M&Aの世界にはPMI(Post Merger Integration・・・合併後の業務や組織、文化・風土の統合)という言葉があります。これは合併契約後に、合併する会社間の業務や組織の文化、風土の違いを分析し、一つの会社に統合していく作業を指します。PMIの対象となるのは業務、情報システム、組織や人財、そしてそれぞれの会社の文化・風土と多岐に渡り、これらは第一章で説明したビジネスプロセスの要素そのものです。日本電産の永守社長は、「登山に例えれば、M&Aは契約の時点で2合目しか登っていない。残り8合分は企業文化の違いをすり合わせる“PMI”という手間のかかる作業でこれがまた難しい」と仰っています※1。PMIは合併の効果を出すためにとても大切な工程なのですが、ほとんどの会社では上手くいっていません。先ほどの金属材料商社のように、単に会社名が同じになっただけで、一国二制度、三制度、四制度・・・というように社内に複数の会社が混在しているような会社がたくさんあります。

※1 日経新聞20120810記事

M&Aそれ自体がビジネスプロセスを複雑化させる絶対の原因ではありません。しっかりPMIを行うことで、お互いのビジネスプロセスを効果的に融合させれば、むしろ合併前よりシンプルで洗練されたプロセスを構築することもできます。またこの過程で社員の自社のビジネスプロセスへの理解や、社員間の交流も進みます。前回のコラムで触れたプロセスマップは双方の会社のビジネスプロセスを俯瞰し、統合後のあるべきプロセス像をしっかり検討する上でも大変有用な資料になります。M&Aは合併してからが本当にスタートです。私が常日頃からお伝えしているように「プロセスの構造理解」「プロセスの目標と実績の明確化」「社内コミュニケーション」を駆使して、統合のシナジーを創出して頂きたいと思います。


ビジネスプロセスの教科書

本書ではビジネスプロセスとは何か、どのようにマネジメントすれば良いのか等をわかりやすく解説しています。あらゆるビジネスパーソンにとって有益な一冊となっていますが、中でもこれから組織変更、情報システム導入、アウトソーシング活用といったビジネスプロセス変革を行う予定のある方には特に参考になる内容が詰まっています。

著者:山本 政樹
出版社:東洋経済新報社(2015年7月24日)